被相続人のほとんどの方が銀行口座を持っていますので、預貯金は相続財産の代表的なものといえるのではないでしょうか。
代表的な遺産ではありますが、亡くなった人の預貯金は誰のものなのか?どのように分割したらよいのか?など悩んでいる方も多いと思います。
めんどくさいからと言って預貯金の遺産分割を後回しにしていると、預金の権利を失ってしまう危険性もあります。
亡くなられた方の銀行口座にある預貯金の相続手続き進める方法と、遺産分割方法、相続手続きの期限について解説します。
銀行の預貯金は相続財産に含まれる?誰のもの?
預貯金は相続財産です。遺言書がある場合には、遺言書に指定された人が預貯金を取得することになりますが、遺言書がない場合には、預貯金は遺産分割協議を行い、相続する人を決めない限り、払戻を受けることができません。
以前は相続が開始されたと同時に、それぞれの相続人が単独で払戻の請求をすることができたのですが、平成28年の最高裁の判例で「相続開始と同時に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になる」とされました。
ですので、遺産分割協議をするまでは相続人であっても、単独で預貯金を引き出すことはできません。遺産分割協議前に引き出したい場合には相続人全員の同意が必要となります。
遺産分割をしない限り一切の払戻が受けられないと、実生活では少し不都合が生じますよね。例えば葬儀費用や入院費用を被相続人の財産から出したい場合もありますよね。その場合に遺産分割前でも一定の金額であれば引き出すことができる仮払い制度ができました。相続預貯金の仮払い(払戻し)制度です。
遺産分割前の相続預貯金の仮払い(払戻し)制度
平成30年の民法改正で、一定の金額までなら遺産分割前に相続預金を各相続人が単独で引き出すことが可能となりました。これを「相続預金の仮払い(払戻し)制度」と呼ばれています。この制度を利用すると各金融機関ごとに150万円まで引き出すことが可能となります。
相続人単独で実際に引き出すことができる金額は 相続開始時の預貯金額×3分の1×法定相続分 となります。
払い戻しを受けられる金額
例として、夫が亡くなった場合で、相続人が妻と子2人(長男、次男)の場合で説明します。
夫はA銀行に普通預金口座を持っており、相続開始時の残高が普通預金口座600万円ありました。この場合妻が単独で引き出せる金額は600万円×3分の1×2分の1(法定相続分)=100万円 となります。
長男または次男が単独で引き出せる金額は600万円×3分の1×4分の1(法定相続分)=50万円となります。
相続開始時の残高が普通預金口座1,500万円あった場合は次の通りとなります。
妻が単独で引き出せる金額は1,500万円×3分の1×2分の1(法定相続分)=250万円ですが、1銀行で引き出せる上限額が150万円なので150万円を引き出すことができます。
相続預金の仮払い(払戻し)制度の注意点として、引き出した金額については、後に行われる遺産分割において、払戻しを受けた相続人が取得するものとして調整することになります。そのため、仮払い制度を利用してしまうと、相続放棄が認められない可能性がありますので、相続放棄を検討しているのであれば預貯金の引き出しは慎重に行う必要があります。
預貯金の遺産相続手続きの期限
遺産分割協議自体には期限はありませんが、預貯金を払い戻す権利には期限があります。これは債権の消滅時効が民法で定められているからです。
債権等の消滅時効
e-Gov法令検索
第166条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
2 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
預貯金は債権ですので、5年間権利行使しないと債権が消滅してしまうということになります。相続が開始してから5年間何もせずに放置していると預貯金を引き出す権利(払戻し請求権)自体がなくなってしまう危険性があります。
また、10年間放置してしまうと、銀行側がその預貯金口座を休眠口座として扱い、預金保険機構へ移管されてしまう可能性もあります。
多くの銀行は5年経過しても払戻をしてくれるとことが多いと思いますが、10年となると金融機関によっては難しいかもしれません。
金融機関によっては10年経過していても払戻をしてくれる場合もあるようですが、実際に裁判で銀行と争った事案もありますので、預貯金口座は放置せずに早めに相続手続きを行った方が良いですね。
被相続人の預金口座がどの銀行にあるか調べるには?
被相続人がどこの銀行に預金をしているか分からない場合や、預貯金の有無を調べたいときがあるかもしれません。
現状では、残念ながら被相続人の銀行口座がどの銀行にあるかを一括で調べる方法はありませんので、口座を作っていそうな銀行に確認を取っていくことになります。
ご自宅に金融機関からの手紙やハガキが来ていれば、その金融機関にあたってみるのが良いですが、最近ではネットバンクも多いため、携帯電話のアプリやメールでのやり取りが行われている可能性があります。携帯電話やメールが確認できるようであれば確認してみるのも手掛かりになります。
どこに口座があるか分からないという事態を防ぐために、いざというときのために生前に配偶者や家族の間で保有している銀行口座の詳細や財産の存在を共有しておくことが大事です。
預貯金の相続手続きの流れ
預貯金を相続する一般的な流れを解説します。遺言書がある場合には遺言書で指定された者(遺言執行者)または相続人が手続きを行いますが、ここでは遺言書がない場合の流れをご紹介します。
- 銀行に口座名義人が亡くなった旨を伝え、必要書類を請求する
- 戸籍謄本などの必要書類を集める
- 銀行に残高証明書を請求する
- 残高証明書を確認し、誰が相続するのかを全相続人が分割協議を行う
- 遺産分割協議書を作成する(必須ではありませんが作成をおすすめしております)
- 相続する者が銀行に口座解約手続き、払戻の請求を行い、相続人の口座に預貯金の振り込みがされれば完了
銀行に払戻請求をする際には、郵送で書類を送ることもできますが、銀行の窓口に直接出向き手続きをとることが多いです。
銀行は土日祝日はお休みですので、平日に手続きを行う必要があります。メガバンクといわれる大手銀行では事前の予約を取ってからでないと受け付けてくれないことがありますので、事前に電話かWebで確認をしておいた方が無難です。
お仕事をしている方など、平日に時間を作ることが難しい方のために、当事務所では銀行解約手続きの代行サービスを提供しております。
お気軽にご相談下さい。
金融機関で残高証明書を取得する方法
残高証明書は金融機関に依頼をします。電話で連絡をしても大丈夫ですし、店舗の窓口で依頼をするのももちろん大丈夫です。金融機関によって受付方法に違いがありますので、金融機関のWebなどで確認してみてください。
なお、残高証明書は相続人単独で取得することができますので、他の相続人の同意を得なくても請求できます。また代理人に請求させることも可能ですので、当事務所のような専門家に残高証明書の取得を依頼することもできます。
相続で使用する残高証明書は死亡日時点の残高です。金融機関に口座の名義人が死亡した旨を伝えると必要書類を用意してくれますので、それに従って必要な書類を集めます。
一般的に必要となる書類は以下の通りです。
- 被相続人の死亡日の記載がある戸籍謄本(除籍謄本含む)
- 依頼者が相続人であることが確認できる戸籍謄本
- 依頼者の実印
- 依頼者の印鑑証明書
銀行からもらった書類に必要事項を記載して、上記のような必要書類と共に提出すれば、残高証明書を発行してもらえます。手数料は金融機関によって異なりますが、数百円~1,000円程度かかります。
被相続人の預貯金口座は凍結される
銀行に口座名義人が死亡したことを伝えると、銀行口座は凍結され、遺産分割協議などの相続手続きが完了するまで預貯金の引き出しができなくなります。引き出しだけでなく、すべての取引ができなくなります。
基本的に銀行に口座名義人が死亡した旨を伝えなければ凍結されることはありませんが、銀行員が偶然口座名義人の葬儀をしている所を見たなどで、口座名義人が死亡した事実を知った際には、口座は凍結されます。
被相続人の預貯金口座が凍結される理由
被相続人の預貯金は遺族である相続人にとって、大切な資産です。銀行側としてはその資産を守るために凍結をしてくれます。
死亡した人の口座をそのまま放っておくと、口座が不正取引に利用されてしまったときに発見することに時間がかかるなどのリスクがあります。
口座凍結されるというのは良い印象がないかもしれませんが、相続人の財産をしっかりと守り、きちんと被相続人の財産を受け取る権利のある人間にしかお金が移らないように守ってくれています。
凍結された預貯金口座の解除方法
口座名義人が死亡したことで凍結された預貯金口座は、遺言書がない場合には遺産分割協議を行い、分割方法を決めてから口座の解約手続きを行うことで、現金を引き出すことができます。
遺産分割前に引き出したい場合には前述の遺産分割前の相続預貯金の仮払い制度を利用するか、相続人の全員の同意があれば引き出すことが可能です。
相続財産の預貯金の分け方
遺言書がない場合には、預貯金の分け方も遺産分割協議で自由に決めることができます。不動産をAが相続する代わりに預貯金全部をBが相続する等、これといった決まりは特にありません。相続人全員で話し合い、協議した内容で分けることができます。
例えば、親が亡くなり長男と次男が相続人だった場合、長男には不動産を相続してもらい、預貯金のすべてを次男が相続するという分け方もできますし、2人で平等に分配する方法でも大丈夫です。
しかし何の指標もないとどうやって分けたらよいのか分かりませんよね。分け方の参考となるのは法定相続割合です。法定相続割合を基準にして、それぞれどのくらい分けるのが良いのかを遺産分割協議で話し合うのが基本的な方法となります。
実務上は一旦代表相続人の口座に全財産を振り込んでもらい、その後代表相続人が分割内容通りに、各相続人に分けて振り込む方法を取っていることが多いです。
または銀行口座が複数あるのであれば、〇〇銀行はAが相続し、△△銀行はBが相続するといった形で分けることもあります。
銀行口座別に相続人を決める場合には、預貯金額が同じということはまれでしょうから、残高の多い少ないという不公平さが原因となり、相続人の間で揉めてしまうなどのトラブルが起きてしまうことがあるかもしれません。この辺りも含めて遺産分割協議でしっかり納得する形で分割方法を決める必要があります。
遺産分割協議書のひな形は後述しております。
銀行口座の解約(名義変更)手続きに必要な書類
どこの銀行でも相続手続きにはおおむね下記の書類が必要となります。
- 被相続人(亡くなられた方)の出生から死亡までの連続した戸籍謄本(除籍謄本を含む)
- 相続人全員の現在の戸籍謄本(場合によって被相続人との関係性が分かる戸籍謄本などが必要)
- 相続人全員の印鑑証明書
- 相続人全員の実印
- 手続きする相続人の本人確認書類(免許証、パスポート、マイナンバーカード等)
- 被相続人(亡くなられた方)の通帳、キャッシュカード
- 遺産分割協議書(必須ではない)
上記1,2の戸籍謄本類の束の代わりに法定相続情報一覧図で手続きをすることができます。1,2の戸籍謄本はかなりの量となるケースが多いです。その戸籍の束を法務局にもっていき、法定相続情報一覧図を作成してもらうと、戸籍謄本の束に代えて法定相続情報一覧図1枚の提出で済むので手続きが楽になります。
その他にも相続で必要となる書類の一覧を下記の記事で詳しく紹介しておりますので、よろしければ参考にしてみてください。
銀行の数が多い方は手続きが楽になるので法定相続情報一覧図の作成をお勧めします。法定相続情報一覧図の作成をご検討しているならぜひ月乃行政書士事務所にご相談ください。
預貯金の払戻しに遺産分割協議書は必要か?
銀行から預貯金の払い戻しを受ける際に、遺産分割協議書は必須ではありません。しかし相続人全員の印鑑証明書が必要となりますので、遺産分割協議書がなくても、全相続人の同意が得られていることが前提となります。
遺産分割協議書がある旨を銀行に伝えると提出が必須となりますので、ある場合には持参する必要があります。
遺言書がある場合には遺産分割協議は行っていないため、遺言書を代わりに提出します。
銀行の相続手続きに遺産分割協議書は必須ではありませんが、可能であれば遺産分割協議書を書くことをおすすめしております。
遺産分割協議の段階では相続人間にもめごとがなくても、あとになって「そんなこと言っていない、分割方法に納得していない」など、遺産分割協議自体の蒸し返しを防ぐことができますし、相続人の間で明確に協議内容をしておく意味でも協議書の作成をおすすめします。
預貯金の遺産分割協議書の書き方(例文)
下記に一般的な遺産分割協議書の書き方をご紹介します。相続関係によって書き方は異なりますので、必ずしも下記の例文が適用されるとは限りませんが、参考になれば幸いです。
遺産分割協議書ひな形:預貯金を一人で相続する場合
遺産分割協議書 被相続人 :A 本籍地 :〇〇県〇〇市〇〇 最後の住所:〇〇県〇〇市〇〇 生年月日 :昭和4年4月25日 死亡年月日:令和4年10月1日死亡 被相続人Aの遺産相続につき、相続人全員で遺産分割協議を行った結果、次のとおり分割することに合意した。 1.以下の預金その他一切の権利については〇〇〇〇が相続する。 ○○銀行○○支店 定期預金 口座番号○○○○○○○ ○○銀行○○支店 普通預金 口座番号○○○○○○○ ただし口座名義人はいずれも被相続人A 上記協議の成立を証するため、本協議書○通を作成し、各相続人が署名押印のうえそれぞれ1通ずつ所持する。
遺産分割協議書ひな形:預貯金を代表者が受取り、ほかの相続人に振り込む場合
遺産分割協議書 被相続人 :A 本籍地 :〇〇県〇〇市〇〇 最後の住所:〇〇県〇〇市〇〇 生年月日 :昭和4年4月25日 死亡年月日:令和4年10月1日死亡 被相続人Aの遺産相続につき、相続人全員で遺産分割協議を行った結果、次のとおり分割することに合意した。 1.以下の預金については、相続人■■が2分の1、相続人▲▲が2分の1の割合でそれぞれ取得する。 なお、■■は相続人を代表して以下の遺産の解約および払い戻しまたは名義変更の手続を行い、このうち▲▲の取得分については、別途▲▲が指定する口座に振り込んで引き渡すものとする。 ○○銀行○○支店 定期預金 口座番号○○○○○○○ ○○銀行○○支店 普通預金 口座番号○○○○○○○ ただし口座名義人はいずれも被相続人A 上記協議の成立を証するため、本協議書○通を作成し、各相続人が署名押印のうえそれぞれ1通ずつ所持する。
円満な相続にするためには、遺産分割協議書を書くことをおすすめします。それぞれの相続関係に応じて書き方が変わりますので、ご不明な点はお気軽にお問い合わせください。
遺産相続で勝手に預貯金を引き出したらどうなる
被相続人が亡くなった後でも、キャッシュカードを預かっていて暗証番号を知っている場合には、口座が凍結していなければ預金を引き出せるため、被相続人の入院費の請求が死後に来た時に、被相続人の口座からその分を引き出して支払うケースもよくあります。
こういった被相続人のために正当な理由があっての支払いであればレシートや領収書をしっかり残しておき、遺産分割協議の際に他の相続人に説明をすれば問題ありません。
しかし正当な理由もなく、他の相続人に了承や同意を得ずに引き出せるからという理由だけで勝手に故人の預貯金を出金してしまうとトラブルの原因となりますので、注意が必要です。
前述した預貯金の仮払い制度を利用して預金を引き出すのであれば問題はありませんが、その範囲を超えて勝手に引き出してしまった場合、他の相続人から不当利得返還請求や損害賠償請求をされる可能性もあります。さらに、預貯金を引き出す行為は相続を単純承認したとみなされ、相続放棄ができなくなる可能性もあります。
勝手に相続財産を引き出す行為はトラブルのもとになりますのでご注意ください。
まとめ
預貯金は代表的な相続財産ですが、相続手続きは厳格になっているため、実際に現金が手元に来るまでに時間がかかってしまう特徴があります。土日に銀行が営業していないこともあり、手続きが後回しになってしまうこともあるのではないでしょうか?
そんな時には専門家に任せてしまった方が安心です。預貯金の相続手続きで困っている方は一度お気軽にご相談ください。相談は無料で承っております。